説教「救いの到来」

2022年4月10日、六浦谷間の集会

「受難節第6主日」 棕櫚の主日  

                      

説教・「救いの到来」、鈴木伸治牧師

聖書・イザヤ書50章4-7節

           フィリピの信徒への手紙2章1-11節

           マルコによる福音書14章32-42節   

賛美・(説教前) 讃美歌21・305「イエスの担った十字架は」

           (説教後) 讃美歌21・436「十字架の血に」

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 本日は「棕櫚の主日」であります。本日より受難週となり、イエス様の最後の一週間になります。私たちのために主イエス・キリストは十字架への道を歩まれるのであります。主の十字架を仰ぎ見つつ歩む一週間であります。マルコによる福音書は11章1節以下にエルサレムの都に入るイエス様を記しています。前週は主イエス・キリストがご自分の受難について三度目に述べられたことが示されていました。次第にイエス様の救いの時が迫っているのであります。イエス様が都エルサレムに入られる時、祭りにやってきている多くの人々が、なつめやしの枝を持って迎えに出たと記されています。前の口語約聖書のヨハネによる福音書は「棕櫚の枝」と訳していたので、この日を「棕櫚の主日」と称するようになりました。人々は「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。」と叫びつつイエス様を出迎えたのでした。「ホサナ」とはヘブル語で「いま救いたまえ」との意味です。メシア的な人に向かって叫ぶのであります。このエルサレムの都に入ってくるローマの総督やユダヤの王様等に対し、都の人々は儀礼的に歓呼して出迎えていました。その時、王様にしてもローマからの総督にしても、軍馬にまたがり、家来を連れてどうどうと入城してきます。今、同じように人々から歓呼して出迎えられているイエス様は、軍馬ではなく、ロバに乗っての入城なのです。ロバは大変おとなしい動物であり、平和の象徴でもありました。ゼカリヤ書9章9節に、「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。高ぶることなく、ロバに乗って来る」と預言が記されています。イエス様は人々に平和をもたらすためにロバに乗って来られました。

 今や主イエス・キリストは平和を与えるために十字架の道をまっすぐに進まれているのであります。ひたすら神様のお心に従うイエス様でありました。イエス様の忍耐、十字架への道、従順なる歩みこそ、私たちを真に救われることになるのであります。

 旧約聖書イザヤ書50章から示されます。「主の僕の忍耐」との題があります。これはイザヤという預言者への神様の示しであります。イザヤが神様のお言葉を示す時、そのお言葉を聞くのは囚われの人々でした。南ユダの国がバビロンにより滅ぼされ、多くの人々がバビロンに捕われて連れて行かれたのであります。異国の空の下で、人々は都エルサレムを思い、解放の時を待ちつつ過ごしていますが、ともすると希望をなくし、力をなくしてしまうのです。その時、預言者イザヤが神様のお心を力強く示すのであります。「主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え、疲れた人を励ますように、言葉を呼び覚ましてくださる」とイザヤは自分の使命をはっきりと示しています。しかし、その使命は困難が伴うのです。「わたしは逆らわず、退かなかった。打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。」と述べるイザヤでありました。自分に襲いかかる存在があったとしても、神様が導きを与えてくださることを信じているのであります。預言者イザヤは、苦しみを受けることにより、その苦しみが人々の救いの基となることを示すのであります。

 今日は棕櫚の主日であり、日曜日であります。イエス様が都エルサレムに入られました。翌日、月曜日にイエス様は神殿に行きました。神殿の境内地では両替人や鳩を売る人々の掛け声が飛び交っていました。イエス様は境内地で商売をしている人々追い出しました。「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである」とイザヤ書56章7節の言葉を引用しつつ、宮清めを行ったのでありました。火曜日になると、イエス様はいろいろなお話をして人々を導きました。水曜日になるとベタニア村でナルドの香油を注がれました。一人の女性がイエス様の頭にナルドの高価な香油を注いだのであります。弟子たちは、こんなことをしてもったいないと言いました。その時、イエス様は言われました。「するままにさせておきなさい。この人はできる限りのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」と言われたのであります。すべては十字架への道でありました。そして、木曜日になります。この木曜日に過ぎ越しの食事をするのであります。過ぎ越しの祭りは救いの出来事を確認することでありました。エジプトの奴隷から脱出する時、神様の審判がエジプトに下ります。神様の審判が下っている時、聖書の人々は急いで食事をし、そしてエジプトを脱出していくのでした。後々に至るまで救いの出来事を確認するために、過ぎ越しの祭りを行っているのであります。イエス様もお弟子さん達と過ぎ越しの祭りの食事をしました。この食事が最後の晩餐となりました。

 食事を終えた後、ヨハネによる福音書はイエス様がお弟子さん達の足を洗ったことが記されています。イエス様は盥をもってきて、腰に手ぬぐいをまき、お弟子さん達の足元にうずくまり、一人ひとりの足を洗ったのであります。先生であるイエス様から足を洗ってもらうこと、恐れ多いことでした。洗わないでください、というお弟子さんに、洗わなければわたしと何の関係もなくなると言われるのです。それでは手も頭も洗ってくださいというお弟子さん達でありました。人の足を洗う場合、相手の足を自分目の高さにまで持ち上げたら、相手はひっくりかえってしまいます。相手の足もとに疼くまなければ洗うことはできません。イエス様は足を洗う行為を通して、人に仕える姿勢を示しているのであります。「あなた方も足を洗う人になりなさい」と教えられたのでありました。 

最後の晩餐、お弟子さん達の足洗い、そしてこの木曜日はゲッセマネの祈りがあります。食事の後、イエス様はお弟子さんのペトロ、ヤコブヨハネを連れてゲッセマネの園に行かれました。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われ、少し離れたところで神様にお祈りをささげました。「アッバ、父よ、あなたは何でもお出来になります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と祈られました。「この杯」と言われていますが、杯とは十字架におかかりになることであります。この後、イエス様は時の指導者たちに捕えられ、裁判を受け、十字架の刑へと至ります。指導者たちは主イエス・キリストの存在は、どうしても自分達には不都合でありました。人々を教えるのは自分たちである。しかし、民衆はみなイエスなる者へと傾いていると思っていました。妬みが高まってきます。そして、ついに殺す計画へと進んでいくのであります。

棕櫚の主日は十字架に向かうイエス様を示される時であります。私のためにイエス様が十字架への道を歩まれるのであります。

 主イエス・キリストが命を捨てて、私たち人間をお救いくださったのです。それに対して私たちは、救いとはそういうものなのだと思っているのでしょうか。パリのルーブル美術館を見学したとき、イエス・キリスト磔刑、十字架の絵が次々に展示されています。これでもか、これでもかと十字架の絵を見なければならないのです。鑑賞者は2000年前にこういうことがあったのだ、としか思わないのであれば、救いは与えられないのです。十字架に対して「命がけで」向かわなければならないのであります。

エス様がお話されたたとえ話の中に、「天の国のたとえ」があります。マタイによる福音書13章44節以下です。「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う」とお話しされました。これは昔ですから、大事なものは地面を掘って隠しておく、しまっておくのです。ところが隠した人が死んでしまった場合、隠した宝物は誰も知らないのです。ところが、その土地を借りた人が土地を耕しましたら宝物が出てきたのです。この人に土地を貸した人は宝物については分からないのです。だから、借りた人はこの土地を自分のものにするために、持ち物すべてを売り払い、この土地を買ったということです。イエス様はこのお話をする場合、「天の国は次のようにたとえられる」としてお話されているのです。「天の国」を手に入れるお話です。別の言葉で言えば、「救い」を手にするお話なのです。宝物を見つけた人は、畑の中に宝物があることを知りました。すなわち、「救い」があることを知ったのです。その救いを手にするために、「命がけ」で「救い」を手にすることにしたのです。「持ち物をすっかり売り払い」、何もかも「救い」を目指して「命がけ」で行動したのです。単に傍観者であっては「救い」は手に入らないのです。「命がけ」で主イエス・キリストの十字架をあおぎ見なければならないのであります。その時、「救いの到来」を示されるのです。
<祈祷>

聖なる神様。十字架の救いを感謝いたします。十字架を原点として新しい一歩を歩みださせてください。キリストの御名により、アーメン。

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