説教「人生の土台をいただきつつ」

2017年7月23日、六浦谷間の集会
聖霊降臨節第8主日」 

説教・「人生の土台をいただきつつ」、鈴木伸治牧師
聖書・エレミヤ書7章1-7節
    使徒言行録19章11-20節
     マタイによる福音書7章15-29節
賛美・(説教前)讃美歌54年版239「さまよう人々」
    (説教後)514「よわきものよ」

 前週の日曜日は、こちらの地域はお祭りでありました。昨年は隣組班長という役目があり、お祭りの接待をしなければなりませんでした。前日は提灯行列が来ると言うので、接待に駆り出されました。役員の人たちはいろいろなご馳走を作って、提灯行列の人達の接待をするのです。行列と言っても、20人にも満たない年配の婦人たちで、提灯を持って各地域を周ることでした。そして、翌日はこの地域にも神輿がやって来たり、山車がやって来たりしました。それらの人達に休んでもらうため、接待をするのです。お勤めはそれだけで、後の協力はありませんでした。それでも接待の後片付けやらで、結構時間を要しました。今年はそのように協力する必要がありませんので、日曜日でしたから六浦谷間の集会の礼拝をささげた他は、家の中でのんびりとしていました。例年ですと、近所まで子供神輿が回ってきていましたが、今年は暑さのためか来なかったようです。今年は暑いと言いますが、例年、この時期は暑いのです。この暑いさなかにお祭り騒ぎをするのは、大変であると思いました。
 以前はこのようなお祭りに対して、もちろん傍観的に受け止めていました。今でも傍観的ですが、日本の民族的な行事として受け止めるようになっています。地域の活性化のためにお祭りが行われ、盆踊りがあるのでしょう。ここで宗教の行事だと言う訳にもいかないのです。ですから今は、地域の行事であると受け止めているのです。そのような思いに変えられていますが、バルセロナ生活を通算で約半年していますので、滞在中、いろいろなイベントを経験しました。背景にあるのはキリスト教であります。キリスト教の聖人に関わるお祭りがあり、記念にご馳走を食べ、楽しく過ごすこと、人間の素朴な姿であると思うようになっています。そのように思いますと、日本には様々なイベントがあり、むしろそれらを楽しみつつ過ごすことなのです。
 もはや過ぎましたが、7月の始めに七夕のお祭りがありました。七夕は仏教のお盆行事の一つであると言われます。7月7日に行うのは新暦であり、一月遅れの8月7日は旧暦であり、日本では二つの七夕祭りが行われています。神奈川県では平塚の7月七夕祭りが賑わいを見せています。東北ではこれからが七夕祭りが行われます。仙台の七夕祭りが賑わいを見せ、その頃は東北各地でお祭りがあり、8月の初めは大勢の人々が東北を訪れます。大震災から6年を経ていますが、復興を支援する意味でも、お祭りの賑わいを理解しています。40年前には宮城県古川市の教会で牧会していましたので、日曜日の礼拝が終わるとまだ小さかった子供たちを連れて、七夕飾りの賑やかな町を見学して歩いたものです。 七夕には色々な伝説がありますが、笹には先祖の霊が宿るとされ、その先祖の霊に対して願い事を書くことが七夕の短冊とも言われます。七夕には牽牛・織女が出会うというロマンもあります。二つの星、一つは牽牛すなわち耕作であり、もう一つは織女であり、それらに因んで種物(たなつもの)、機物(はたつもの)で、合わせて「たなばた」と言うことになったと説明されています。
 このような仏教の行事ですが、一般社会の風習でもあり、キリスト教の幼稚園でありますが、神様へのお祈りとして子供たちが短冊を書いていました。早苗幼稚園でも小規模でありますが、七夕飾りを置いていました。子どもたちがいろいろな願い事を書いています。子供を幼稚園に送ってきた保護者の皆さんが、自分の子供が書いた短冊を一生懸命に探している様子は、何ともほほえましいものでした。自分の願い、欲しいものを書いていますが、現実はお友達と共に仲良く過ごすことです。毎週水曜日に合同礼拝をしています。イエス様のお心をいつも示されています。そのイエス様のお心は、「自分を愛するようにお友達を愛しなさい」であり、繰り返し「共に歩む」ことを示されているのです。この幼少時代にイエス様のお心を示され、土台となり、存在が祝福される人になってほしいのです。
そのことを示されながら、今朝の聖書に向かいたいのです。

 人生の土台は主なる神様の御心をいただき、歩むべき道と行いを正して生きることなのです。それが旧約聖書における人の生き方なのであります。今朝はエレミヤ書7章による示しであります。エレミヤは神様に示されるままに人々に言います。「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉により頼んではならない」と預言者エレミヤは人々に教えています。これは人々が、我々には主の神殿があるから大丈夫だと思っているので、それに対する警告でありました。神殿があるから、安泰であるし、悪いことも起こらないと思っています。しかし、神殿があるから安泰だと言いつつ、盗み、殺し、偽り、偶像に香をたいているのです。そして、主の神殿に来ては「救われた」と言っているというのであります。11節、「わたしの名によって呼ばれるこの神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。そのとおり。わたしにもそう見える、と主は言われる」とエレミヤは述べています。神殿は神様が名を置いておられるところです。これは前回もソロモンのお祈りを通して示されています。ソロモンは立派な神殿を完成させました。しかし、ソロモンは神さまがこの神殿の中にお住まいになるなどと思いません。神様が神殿に目を注ぎ、神さまのお名前を神殿においてくださるので、そのお名前に対してお祈りをささげたのでした。エレミヤの信仰も同じであります。だから、名を置いておられる神殿に祈りをささげるのであります。神様の名が置かれているのに、祈ることもせず、ただ神殿の存在を喜んでいる人々に対する示しであります。
このことは主イエス・キリストも示しています。マタイによる福音書21章12節以下はイエス様が神殿から商人を追い出すことが記されています。イエス様は神殿の境内に入ると、そこで売り買いしている人々を追い出したと記されています。「わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしている」と言われました。エレミヤ書の引用であります。神殿の存在を喜びながら、むしろ自分達の利益の場にしていることに対するイエス様の示しでありました。エレミヤの場合も、主の神殿だとの気休め的な姿勢に対する批判であります。主の神殿に向かうならば、主の御心を実践することこそ大切なことなのであります。「この所で、お前たちの道と行いを正し、お互いの間に正義を行い、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく、自ら災いを招いてはならない。そうすれば、わたしはお前たちを先祖に与えたこの地、この所に、とこしえからとこしえまで住まわせる」と示しているのですが、現実は、人々がむなしい言葉により頼んでいるのであります。人生の土台は神様のお心なのです。神殿という建物が土台となるのではないということ。神様のお心を行うことが人生の土台となっていくことを示しているのであります。「わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来て私の前に立ち、『救われた』と言うのか」とも言われています。神殿は建物にすぎないのです。建物には過ぎないのですが、ここには神さまのお名前が置かれており、神さまの御心が示される場であると信じて、神さまに心を向ける所なのであります。

 人生の土台は主イエス・キリストのお言葉を聞いて行う者であるとマタイによる福音書7章は示しています。7章24節、「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている」と主イエス・キリストは教えてくださいました。イエス様はマタイによる福音書5章から7章に至るまで、「山上の説教」としてお話しをされているのです。これはマタイという人の編集でありますが、イエス様の御心を集中的にこの所に集め、そして最後のまとめとして記しているのが7章24節以下の「家と土台」であります。イエス様の御心をいただいて、いただくばかりではなく、「聞いて行う者」が人生の土台を持つ者だと示しているのであります。
 今朝は7章15節からであります。まず、「実によって木を知る」との教えがあります。イエス様の御言葉を聞いて行うとき、そこには祝福の果実が生まれてくるのです。従って、ぶどうの木からはおいしいぶどうの実ができるのです。茨からぶどうの実は取れないのであります。イエス様の御心に生きなければ、祝福の果実ができないと言うことを示しているのです。イエス様の御言葉を聞いて行うなら、必ず良い実を結ぶということなのです。ぶどうの木のたとえはヨハネによる福音書にはっきりと記されています。ヨハネによる福音書15章5節、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」と示しています。イエス様のぶどうの木につながることにより、豊かな実、祝福される人生へと導かれることが示されているのです。
 さらに21節からは「あなたたちのことは知らない」として示しています。「わたしに向かって、『主よ、主よ』という者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」と示しています。ここでも主の御心を行うことが示されているのです。ただ、神様、神様というだけではいけませんと言うのです。神様のお心をいただいているのです。御心のように生きることなのです。
 「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである」と主イエス・キリストは示しています。イエス様の言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ていると言われます。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった、と言われます。ここで注意したいのは、「倒れなかった」であり、「倒れ方がひどかった」ということであります。イエス様のお言葉を聞いて行う人は、「倒れないでしょう」と言い、聞いて行わない人は「倒れるでしょう」という未来形ではなく過去形になっています。つまり、この山上の説教で示されることは終末の教えであるのです。「倒れ方がひどかった」と言われるとき、もはやそこには救済の道がないのです。三匹の子豚の童話があります。三匹の子豚がそれぞれ自分の住処を造ります。藁で作った住処は狼が来て、すぐに吹き飛ばされてしまいますが、すぐに別の住処に逃げていきます。その住処も小枝で造った簡単なもので、これも狼に吹き飛ばされてしまいます。しかし、三番目の住処は煉瓦で造られた堅固なものですから、狼は吹き飛ばすことが出来ないのであります。ここには救済の道が示されています。しかし、イエス様のたとえ話は救済がないのです。終末の教えであるからです。終末においては、人間同士助け合うことはできないのです。神様の審判であるからです。そのために岩の上に建てられた家、神様の御心をしっかりといただき、実践する人生を生きなさいと示しているのであります。

 最近、日野原重明さんと言う方が105歳で召天されました。日野原さんは現役であり、まだお医者さんとして過ごしていたのです。そればかりではなく、人生の使信を人々に示された方でした。高齢者の生き方も自らの証しとして示されていました。従って、日本中ばかりではなく世界の人々にも知られていました。105歳まで元気に生きた証を示されたのです。いろいろな紹介で日野原さんをたたえています。しかし、日野原さんがキリスト者であることはあまり紹介されていないようです。105歳まで人生の指針を与えて生きた根底は、日野原さんには「人生の土台」が据えられていたこと、そういう紹介がないことは残念に思います。
 前任の大塚平安教会時代、井馬栄さんと言う方がおられました。その方は、若いときは神戸におられ、教会にも出席されていたのです、その教会の牧師の息子さんが日野原重明さんでした。青年の頃は、その日野原さんともお交わりを重ねながら過ごしたということです。大塚平安教会時代、井馬さんが役員に選ばれ、役員会で特別伝道集会を開催することについて協議したことがあります。その頃も、既に日野原さんは有名人であり、各地で講演活動をされていました。それで井馬さんは、自分の若いときの友だちだから日野原さんを講師に招くことができると言われ、交渉してくれることになったのです。日野原さんに来ていただければ、大勢の人々が来てくれるし、大いに期待していました。しかし、交渉すらできなかったようです。何しろ、日野原さんはお忙しい方で、連絡が取れないのでした。特別伝道集会は実現できませんでしたが、井馬栄さん自身のお証が人々に感銘を与えたと思っています。礼拝が終わり、皆さんが席を立とうとすると、突然、井馬栄さんが立ち上がり、「最近、聖書によって励まされています」と言われ、その励まされたという聖書を読みあげるのでした。マタイによる福音書6章25節以下の聖書の言葉が多かったと思います。「多かった」と言いますのは、いつも立ち上がっては皆さんに証しをしているのです。「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな」との聖書の言葉です。皆さんは、「またか」と思いつつも一生懸命に聖書を読むので、黙って、終わるまで聞いていたのです。井馬さんはイエス様の土台がしっかりとすえられており、人生を喜びつつ歩まれたと示されています。日野原重明さんの105歳の証しを示されながら、私は日野原さんとお友達であった井馬栄さんが思われてならないのです。
 人生の土台はイエス様の十字架の救いです。この十字架の救いが土台となっていますから、私達は与えられている人生を喜びつつ歩んでいるのです。
<祈祷>
聖なる御神様。人生の土台を与えてくださり感謝いたします。主の御言葉を実践しつつ歩むことを得させてください。主イエス・キリストの御名によりおささげします。アーメン。