説教「はっきりと救いを示され」

2018年7月8日、六浦谷間の集会 
聖霊降臨節第8主日

説教・「はっきりと救いを示され」、鈴木伸治牧師  
聖書・列王記上10章1-9節
    テモテへの手紙<一>3章14-16節
     マルコによる福音書8章22-26節
賛美・(説教前)讃美歌54年版・239「さまよう人々」
    (説教後)讃美歌54年版・514「よわきものよ」
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 この4月から伊勢原幼稚園の園長を担うようになり、週三日ですが、伊勢原まで電車を利用して2時間を要しますが通っています。当初は込み合う電車通いは苦痛を感じましたが、最近は結構楽しみつつ通っています。京急線金沢文庫駅の次の駅は能見台駅です。この駅は、昔は谷津坂駅でした。この谷津坂駅には三年間乗り降りしていたのです。中学になって横浜中学に入学しました。その能見台駅を過ぎるとすぐに横浜中学の校舎が現れます。今は昔の建物から立派な校舎になっていますが、電車から佇まいを見ながら、三年間過ごした思い出を喜んでいます。さらに京急線に乗っていると南太田駅を通ります。すると目線の高さに清水ヶ丘教会の佇まいを見ることができます。ここも今は立派な会堂が与えられています。私は中学生になってからこの清水ヶ丘教会に出席するようになりました。その頃の清水ヶ丘教会は、この地に引っ越してきたばかりでした。教会の横は小高い丘で、そこを整地して教育館を建てる計画があり、教会の皆さんが、その丘の整地をしていたのです。中学、高校生の頃、私も汗を流して整地奉仕に参加したものです。青年時代はこの教会で過ごしましたので信仰が養われ、洗礼を受け、伝道者の道を歩む決心を与えられたのでした。いわゆる私の母教会であります。いつも電車の車窓に見える母教会を楽しみつつ眺めているのです。
 こうして伊勢原幼稚園に通っています。先週の水曜日に、幼稚園の先生が、教会に男性が来ていますと連絡されました。伊勢原教会の牧師はいろいろな活動をしていますので、いつも留守が多いのです。それで私が応対することにしました。その男性は、お祈りしてくださいとの要望でした。何をお祈りするかと言えば、持っている水をお祈りしてもらいたいというのです。お祈りした水を持っていると幽霊が出ないと信じているのです。その幽霊はその男性を苦しめているのではないのですが、いつもその幽霊が出ているというのです。お祈りしてもらった水を持っていれば幽霊は出ないということでした。幽霊が出ても、男性を苦しめてはいないので、それでよいではないかと言いました。そしたら、自分が好きになった女性と交際するようになったら、その女性に被害を与えるのではないかと心配しているのです。私たちはそのようなことは信じないし、幽霊のこともあなたの気持ち次第なので、忘れるようにしなさいと言いました。それでも持っている水をお祈りしてもらいたいということでした。おそらく、教会で厳粛に、お払いでもするかのように、儀式として祈ってもらいたいようです。むしろカトリックの教会に行かれたらと勧めました。その男性は南米のパラグアイから来たと言っています。来てから六ヶ月と言いますが、流暢な日本語で話していますし、日本人の顔をしています。家族が日本人なのかもしれません。こちらの教会ではそのようなお祈りをしないことを知り、他の教会に行ってみると言いつつ去って行きました。
 水をお祈りすれば幽霊が出なくなるという、素朴な信仰ですが、キリスト教の救いは主イエス・キリストの十字架の救いです。ただ十字架を仰ぎ見つつ、救いを信じつつ歩むことなのです。どのような状況であろうとも、十字架の救いを信じて歩むことなのです。明るいニュースと言いましょうか、九州の天草方面の「隠れキリシタン」の人々の遺産が世界遺産に指定されました。今は「潜伏キリシタン」と称していますが、日本の戦国時代から江戸時代にかけて、キリスト教の人々は迫害されました。迫害を逃れ、表面的には仏教信者を装いながら、イエス様の十字架の救いを隠れつつ信じたのです。その遺跡が諸所に残されており、世界遺産に指定されたこと、大きな証であります。隠れながらも十字架の救いを信じて歩んできたのです。今の時代はキリスト教であっても迫害されることはありません。イエス様が私たちの救い主であること、「はっきりと救いを示され」ているのですから、信仰を持ちつつ歩みたいのであります。

 主イエス・キリストの教えをいただき、相互の交わり、喜びと真心を持って一緒に食事をすること、神様を讃美すること、ここに幸せの原点があります。
 旧約聖書における幸せの原点を示されます。旧約聖書は列王記上10章であります。外国のシェバの女王がソロモン王の知恵を求めてやってくることが記されています。ソロモン王はダビデ王の後継者として王様になりました。ダビデ王は神様の御心に従い、名君と言われて人々に喜ばれた王様です。ソロモンが王様になったとき、神様は「何事でも願うが良い。あなたに与えよう」と言われました。その時、ソロモンは「どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください」とお願い致しました。すると神様は「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命を求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える」と言われたのであります。以後、ソロモンは神様の知恵をいただき、人々の王として支配したのであります(列王記上3章)。一つのエピソードが記されています。ある時、二人の女性がソロモン王にお裁きを求めてやってまいります。一人の赤ちゃんを、互いに自分の子供だと主張しています。二人の言い分を聞いていたソロモン王は、家来に命じて、赤ちゃんを二つに切り、それぞれの母親に渡すように命じます。一人の母親は、どうぞそのようにしてくださいと言いました。しかし、一人の母親は、どうぞそんなことはしないでください。もう、自分の子供と言いませんから、この女にわたしてくださいと懇願するのでした。二人の言い分を聞いたソロモン王は、二つに切らないでくださいと願ったこの母親こそ真の母親であるとのお裁きを下すのであります。日本の大岡越前の守様のお裁きのようであります。人情を超えた普遍的な神様の愛を実践するということです。
こうしてソロモンの神様からいただく知恵は国の内外に知られ、シェバの女王の来訪になりました。女王は難問をもってソロモンを試そうとやってきました。しかし、ソロモン王はすべてに解答を与えました。王には分からないこと、答えられないことは何一つなかったのであります。女王はソロモン王の支配、事績のすべてに驚嘆し、心から賛辞を送っています。「いつもあなたの前に立ってあなたの知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう。主はとこしえにイスラエルを愛し、あなたを王とし、公正と正義を行わせられるからです」と言いつつ自分の国に帰って行ったのであります。ソロモン王の裁きは神殿において行われました。その神殿で公正と正義が示され、人々は神殿を人生の土台としたのであります。教会において正しい神様のお心をいただくことを示しているのです。
旧約聖書は神様の知恵こそ、人々を真に生きさせ、幸せにする基であることを示しています。神様の知恵、すなわち神様の御心であります。その神様の御心が神殿において示されたのであります。人々は常に神殿に詣でては御心をいただいたのであります。

 今朝の新約聖書は主イエス・キリストが一人の盲人を癒されたことが記されています。「一行はベトサイダに着いた」と冒頭に記されます。これは前の部分で示されましたように、4千人に食べ物を与えた後、イエス様はお弟子さん達と共に向こう岸に船で渡られました。向こう岸であるベトサイダにつきました。するとすぐに人々が一人の盲人をイエス様のところに連れてきました。マルコによる福音書8章22節から26節までが今朝の聖書であり、ここではイエス様の盲人の癒しが示されているのであります。主イエス・キリストは神様の知恵、神様の御心を人々に示しました。前の部分で、4千人の人々は三日もイエス様のお話を聞き続けたのであります。イエス様ご自身がそれらの群衆を労り、食べ物を与えることをお弟子さん達に提案されました。御心を与える、生活の糧を与える、そのイエス様の呼びかけに多くの人々がイエス様に招かれたのであります。その後、一人の盲人の癒しが求められました。その時、イエス様はどのように癒したのか。他の聖書の場所では、すぐに癒したことがいくつか示されていますが、ここではすぐにではなく、段階的な癒しがありました。イエス様は盲人の手を取って、村の外へ連れ出しました。そして、その目に唾をつけ、両手をその人の上において、「何か見えるか」と尋ねました。「人が見えます。木のようです。歩いているのが分かります」と答えました。おぼろげながら見えるようになったのです。すると、イエス様は、もう一度両手をその人の目に当てられました。はっきりと見えるようになったのであります。イエス様は、「この村に入ってはいけない」と言われ、自分の家に帰されたと記しています。村に入ることにより、村の人が大騒ぎするからです。イエス様は、この人が癒しの喜びを静かに受けとめるようにされたのであります。
 もう一度、癒しの奇跡の順序を示されます。何よりもイエス様により知恵、神様の御心が人々に与えられたということです。人々はイエス様に希望を持つようになりました。そして、具体的に自分が変えられるためにイエス様のもとに来たのであります。イエス様はその人の信仰を励ましながら、次第に真実が見えるように導かれたのであります。しかし、初めのイエス様との出会いは、おぼろげながら見えるようになったということでした。なんだか良く分からないけれども、おぼろげながら、かすかに見えるようになったのです。なんだか良く分からないのですが、天国がおぼろげながら示されているのです。そして、さらにイエス様の導きがあり、はっきりと見えるようになるのであります。天国、神の国がはっきり見えるようになる。現実の中に神の国の平和があることを、はっきりと見えるようになるのです。今朝の聖書はそのように示しております。ここに幸せの原点があります。一人の盲人がイエス様に希望を持ったように、世の人々がイエス様に希望を持つようになります。実際に御心により生きるためにイエス様のもとに参りました。最初はおぼろげながら御心を示されていたのでありますが、はっきりと神の国の現実を見ることができるようになったのであります。新しい歩みが導かれているのであります。新しい歩みとは、現実の生活を歩みながらも、現実の歩みは神の国を生きているのであり、その神の国は永遠の命に至る神の国であることを信じて歩むことなのであります。そういう人生が幸せなのです。確信をもって人生を歩む、イエス様と共に生きること、幸せな人生なのです。

 イエス様は私たちを段階的に導いてくださるのです。私は小学生の頃は関東学院の日曜学校に通っていました。中学に進むにあたり関東学院中学を受験したのですが、不合格でした。それで小学校の先生が横浜中学を勧めてくれたのです。そして教会は姉たちが出席していた清水ヶ丘教会に出席するようになりました。そして信仰が導かれ、伝道者への道へも導かれたのです。まさに段階的にイエス様のお導きを示されています。
 一人の方のお証が心に示されています。2013年にマレーシア・クアラルンプール日本語キリスト者集会がありまして、そこの牧師としてお手伝いをしました。このクアラルンプール日本語キリスト者集会のボランティア牧師として三ヶ月間でありましたが赴きました。その集会は、滞在した2013年で創立30周年を迎えていました。そのため記念誌を発行しました。この集会に関わった皆さんがそれぞれ証しを記されています。その中で感銘深く記されている方のお証しがいつも心に示されています。紹介させていただきます。クリスチャンになって、幸せな人生を歩むようになったという内容です。その方は、私達が2013年3月に赴任したときは、まだ集会には出席されていませんでした。一ヶ月くらいしてから出席されるようになったのです。会社からマレーシアに派遣されて、集会を探し当て、ご夫妻で出席されるようになったのです。
 ご夫妻の彼の証しです。1996年の頃はアメリカのヒューストンにおられました。会社の友達が家庭のトラブルがあり、彼も何とかしたいと働きかけていたのですが、良い方向にはならなかったと言われます。そんな時、ある家族が日本に帰国することになり、送別会を開きましたが、帰国される方の夫人が、トラブルの中にある友人のためにお祈りをささげられたのでした。このお祈りを聞いたとき、深い感動に包まれたと言われます。人間的な解決は必要でありますが、まず神様に委ねるということを深く教えられたと言われるのです。それから、この方の心をとらえたことがありました。それは2000年11月頃ですが、そのときは日本に帰国していました。会社の友人のお父さんが亡くなり、その前夜式が阿佐ヶ谷教会で行われたので列席されます。友人の母親が最後の挨拶をされました。結局、父親は教会には出席しなかったのですが、亡くなる前に、自分の葬儀は教会でしてもらいたいと言われたということでした。その友人のお母さんのご挨拶を感銘深く伺ったのですが、そのお母さんのご挨拶は、「あなたはここで何をしているのか。まだわからないのですか」との言葉として、神様の言葉として聞こえてきたと言われるのです。そうだ、今こそ神様の御心に従って生きよう、そういう決心が与えられたのでした。神様が段階的にお導きくださっていたのです。ヒューストンでのお祈りのこと、友人のお父さんの葬儀、これらのことを通して神様は段階的にお導きくださっていたことを知るようになりました。そして「あなたはここで何をしているのか。まだわからないのか」との声が聞こえてきたというのです。すべての導きを信じて洗礼を受けました。洗礼を受けての人生は、本当に今は幸せであります、と記されていました。
私たちはイエス様の十字架を与えられ、「はっきりと救いを示され」ています。そのイエス様の十字架に導かれて歩みたいのであります。
<祈祷>
聖なる神様。はっきりと救いを示されていますこと感謝致します。この救いを知らない人々に、はっきりと示すことができますよう。主イエス様のみ名により、アーメン。