説教「神と人とに愛される」

2018年1月7日 六浦谷間の集会

降誕節第2主日

説教・「神と人とに愛される」、鈴木伸治牧師
聖書・ゼカリヤ書8章1-8節
    テサロニケの信徒への手紙<一>2章1-8節
     ルカによる福音書2章41-52節
賛美・(説教前)讃美歌54年版・120「いざうたえ友よ」
    (説教後)讃美歌54年版・391「ナルドの壺」

 2018年の歩みが始まりました。この年も神様のお導きがありますから、私達は神様の御心を求め、十字架の主イエス・キリストを仰ぎ見つつ歩むのです。その歩みこそ祝福の人生へと導かれるのです。この新年を迎えたとき、六浦谷間の集会としての週報が200号になりました。六浦谷間の集会として礼拝を始めたのは2010年11月28日でした。当初は礼拝順序を記したものでしたが、その後、礼拝開始17回目に週報として発行するようになりました。週報には礼拝順序、報告、集会記録等を記していますが、裏面にはスペイン滞在記を記すようになったのです。2011年4月5月の滞在記、2014年10月から12月の滞在記、2013年3月から6月までのマレーシア・クアラルンプール日本語教会牧師としての滞在記、そして今は2012年9月から11月までの滞在記を記しています。そのように外国に行くときがあり、その間は六浦谷間の集会はお休みであり、週報も発行しませんでした。7年間でようやく200号に達したのです。教会の週報とは異なり、個人的な報告になりますので、いわば鈴木家の歴史のような報告になっています。その週報に主題と聖句を掲げるようになったのは2015年からです。
 今年も2018年の主題と聖句を与えられています。このことについては、今年は元旦礼拝をささげましたので、そのとき主題と聖句を示されています。今朝は新年礼拝として再び主題と聖句を示されておきます。
2018年の六浦谷間の集会の主題として「キリストの香りを放ちつつ」として示されています。聖句は「この香は聖なる者たちの祈りである。」(ヨハネの黙示録5章8節)により与えられています。聖書の背景はローマ帝国によるキリスト教の迫害であり、その迫害の中にもイエス・キリストの勝利が示され、この苦難の中で信仰に生きることを示しているのであります。ローマ帝国は諸宗教には寛容でありました。ローマの国そのものが神々の世界であったのです。偉大な働きをしたものは神とされました。従って、ローマには何万という数の神々が存在していたのです。そのため、外国の宗教にも寛容で、その信仰を認めていたのです。キリスト教に対しても、当初は認められていました。しかし、キリスト教の信仰は「唯一なる神」であり、人間を神とすることは絶対になかったのです。ローマの国が神々の祭りを行うとき、それは人間を神とした祭りなので、キリスト者たちは祭りに参加しなかったのです。そういう姿勢が社会的にも批判されるようになりました。またローマの皇帝は神とされていたのですが、キリスト者は神とはしませんでした。そういう姿勢が次第に迫害へとなっていったのです。キリスト者であるということで苦難に生きていたのがヨハネの黙示録の時代です。その苦難に生きる人々を励ますために黙示録が書かれました。イエス・キリストは再び現れるという再臨信仰を励ましたのでした。イエス・キリストによって、必ず勝利へと導かれるということです。そのような内容ですが、この困難な状況において、祈りつつ歩むキリスト者を証ししているのが今年の主題聖句です。「この香は聖なる者たちの祈りである」ということです。キリスト者の生き様が、イエス・キリストの信仰の香りを放っているのです。その香りにより人々に安らぎを与えます。喜びを与えているのです。そのように香りを放ち続けたキリスト者の証しが、ついに勝利へと導かれたのでした。ローマ帝国は、自らの国をキリスト教に変えたのです。それによってローマは世界の中心になっています。ローマ帝国時代、ローマはヨーロッパやアフリカ等を支配し、いわば世界の中心でもありました。しかし、そのローマは人間の力です。滅びていくローマ帝国の中で、キリスト教は生き残っていくのです。力は衰退しましたが、信仰が力強く発展していったのです。ローマ帝国はなくなりましたが、信仰の中心であるローマのヴァチカンは生き続けているのです。キリスト者の「この香は聖なる者たちの祈りである」ことが、人々の希望となり、喜びとなって行ったのです。
 キリストの香りを放ちつつ歩む一年であることを目指したいと思います。自分の存在からキリストの香り、信仰に生きる喜びが証されているのです。その人生が今朝の説教、「神と人から愛される」歩みとなるのです。

 聖書は全体的には都エルサレムへの希望であります。エジプトの奴隷から解放されて、聖書の人々は、神様の導く乳と蜜の流れる土地カナンへと向かいました。そこで新しい生活が導かれ、都エルサレムが建設されるのであります。私が聖地旅行をしたとき、エルサレムは建都3000年ということで、特別な行事が行われていました。いくらかの献金をツアーの皆さんも私も献金をしたのであります。献金された人の名前は、パネルに書いて、後世に残すということでした。3000年前に造られた都は人々の希望でありました。歴史において、大国に侵入され、再び捕われの身になります。人々は都エルサレムへの帰還を待ちのぞみつつ苦しい状況を歩んだのであります。預言者たちの励ましの言葉も都エルサレムへの帰還でありました。
 今朝のゼカリヤ書はバビロンに捕われていた人々がエルサレムに帰還した後の時代であります。帰還した人々は、まず神殿を造ることでした。神殿も破壊されていたのです。エズラ記・ネヘミヤ記は神殿再建についての預言であり、励ましでありました。その後、ゼカリヤという預言者が現れ、人々を励ましているのであります。何よりも都エルサレムが喜びの場所となることを示しています。8章3節「主はこう言われる。わたしは再びシオンに来て、エルサレムの真ん中に住まう。エルサレムは信頼に値する都と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれる」と示されています。ゼカリヤの時代、都エルサレムの神殿再建が20年間停止していました。神殿再建の意欲が薄らいでしまったのであります。それに対して、ゼカリヤは神殿こそ人々の希望となり、喜びを現実的に与えてくれる場所であることを人々に示すのであります。「万軍の主はこう言われる。エルサレムの広場には、再び、老爺、老婆が座すようになる。それぞれ、長寿のゆえに杖を手にして。都の広場はわらべとおとめに溢れ、彼らは広場で笑いさざめく」と希望の言葉を述べているのであります。こうしたゼカリヤの励ましにより、20年間神殿再建が停止していたのでありますが、再建が再び始まり、ついに完成したのでありました。
 聖書の人々の都への思い、神殿への思いは信仰であり、その信仰が建都3000年にまでこぎつけているのであります。何があっても、まず都を思い、エルサレムの神殿を心にとどめるのであります。聖書の人々は、歴史を通じて外国の侵入を受け、その度に外国に散らされていきました。しかし、神殿のお祭りには必ず都に赴き、神殿でお祈りを捧げるのであります。詩編120編から134編は「都に上る歌」であります。前の口語訳聖書は「都もうでの歌」との題が付けられていました。都エルサレムの神殿にお参りに行くとの意味が強いのであります。しかし、都までの旅は危険があり、孤独な道のりでありました。詩編121編はこのように歌っています。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから」と神様のお守りを信じて都へと上って行ったのであります。どのような困難な状況であろうとも神殿にお参りをすること、そこに力の基があり、生きる希望が与えられるのです。
 お正月の初詣はある意味では都もうでとも通じるところがあります。新しい年を迎え、願うことは家内安全、商売繁盛でありましょう。一年の初めに祈っておけば、一年中力になるのではないでしょうか。しかし、聖書の人々が都もうでをするのは、祈願のためではありません。神殿のお祭りは何よりも「過ぎ越しの祭り」でありました。昔、先祖が奴隷から解放され、神様が新しい土地を与えてくださったという感謝の祭りなのです。その感謝の祈りを捧げるために、遥かなる都の神殿へと赴くのでありました。
 聖書の人々は都エルサレムへの思い、神殿への思いが強い信仰となっていますが、新約聖書は、もはや目に見える都、目に見える神殿ではなく、新しいエルサレムを示しています。神様を信じる人々の群れ、それが新しいエルサレムと示しているのであります。そして、私たち自身が神殿であり、神様の御心を宿す示しへと導かれるのであります。神様の御心を宿す神殿としての私たちは、「神様と人々に愛される」存在へと導かれているのです。

 今朝の新約聖書ルカによる福音書2章41節以下は、イエス様も都もうでをしたことが記されています。ヨセフさんとマリアさんはナザレの村で生活していました。過越祭の時に都もうでをしました。その時、イエス様は12歳であったと言われます。ヨセフさんとマリアさんはナザレ村の人々と共に連れ立って都もうでに行ったのであります。ナザレから都のエルサレムまでは100キロ以上あります。随分と長い距離を歩いていくのであります。イエス様も一緒に連れて行かれることになりました。お祭りは7日間であり、過越しのお祭りが終わると、ナザレ村の人々は連れ立って帰ってきたのであります。ところが一日歩いたとき、途中で我が子イエスが道連れの中に居ないことに気がつきます。それで再び一日かけて都に戻ります。三日目に都に戻ったわけです。あちらこちら探しますと、我が子イエスが神殿の境内で学者達の真ん中に座り、話したり聞いたり質問したりするのを見るのであります。学者とはユダヤ教の律法の専門家であります。それらの人達と対等に話していたというのです。マリアさんは思わず叱りました。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです」というのでした。それに対して少年イエス様は「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」と言うのでした。
 「神殿での少年イエス」に示されていることは、イエス様の成長の過程でこんなことがありましたというものではなく、ルカによる福音書の著者ルカが、既にイエス様の救いの順序をここで提示しているのであります。ヨセフさんとマリアさんが我が子イエスを「捜す」時、ルカは「見つかる」「捜す」と言う言葉を使いつつ、神様の御心を示しています。失われた羊、ドラクメ銀貨を捜すこと、放蕩息子を捜すことは15章に記されています。イエス様が復活の朝、「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」と天使が言います。見つからないのは人間の思いで捜しているからであり、御心にあって捜すなら、真に生きるイエス様との出会いがあることを示しているのであります。見失ってから三日目にイエス様に出会うのは復活のイエス様との出会いへと導いているのであります。神殿の境内で学者達を驚嘆させたのは、イエス様がエルサレムで語られたことに多くの人々が驚嘆することを予め示していることになるのであります。
 こうしてルカによる福音書は、今後歩むべきイエス様の姿を予め示しているのであります。この都エルサレムで神様の救いの御業、十字架による救いが完成するのであります。人々が祭りになれば都もうでを行い、エルサレムと神殿に希望を持っているとき、主イエス・キリストは人々に真の希望を与えたのであります。都エルサレムは新しいエルサレムとして教えられるようになりましたが、しかし人々は救いを完成された場所、都エルサレムを聖地として、今でも多くの人々が訪れ、救いの出来事を辿り、救いの喜びをいただくのであります。今朝のルカによる福音書2章52節、「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された」と締めくくっています。「知恵が増す」とは神様の御心に満たされるということであります。神様の御心は人間が共に生きることであります。上も下もない、常に平等に生きる、それが神様の御心なのであります。「神と人とに愛される」のです。

 六浦谷間の集会の週報が200号を迎えたとお話しました。礼拝開始は12月31日で216回目になります。最初は夫婦二人で礼拝をささげました。隠退してからどこの教会に出席しようかと話し合っていたのですが、隠退しても土曜日には説教が作られていました。その説教をインターネットで発信していたのです。説教が準備されている、牧師と信徒がいる、ということで、2人で礼拝をささげるようになりました。第二回目には大塚平安教会の教会員でありますが、高齢になりましたので追浜の娘さんの家に過ごしております小澤八重子さんと田野和子さんが出席されました。田野さんは他の教会員ですが大塚平安教会に出席されていたのです。その後、田野さんは1、2度出席されましたが北海道にお帰りになりました。小澤さんはその後も時々でありますが出席されていましたが、2015年に召天されました。この六浦谷間の集会をおぼえて、今までも知人の皆さんが出席されています。最近では12月3日にドレーパー記念幼稚園時代の先生たちが三人で来られました。12月24日のクリスマス礼拝には大塚平安教会時代の知人が四名出席されました。この六浦谷間の集会を通して神様のお心が示され、皆さんが「神と人とに愛される」人生を導かれていることを感謝しています。
少年イエス様は神様の知恵により成長し、神様と人々に愛されたと示されています。都もうでをしたことで更に強く示されているのであります。私達にとって都もうではこの礼拝であります。この礼拝の中心は主イエス・キリストなのであります。ここは新しいエルサレムであり、新しい神殿があるところであります。私達は六日の旅路を終えて、今新しいエルサレムにたどり着き、新しい神殿の前に額づいているのであります。神様の新しい御心が与えられているのであります。特に今年の聖句として、「この香は祈りである」と示されており、「キリストの香り」を放ちつつ歩むことで「神と人とに愛される」ことであることを示されているのであります。
<祈祷>
聖なる御神様。新しい年が始まり、この年も常に「神様と人々に愛される」歩みとなりますよう導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。