説教「導かれている人生」

2016年11月6日 六浦谷間の集会
「降誕前第7主日

説教、「導かれている人生」 鈴木伸治牧師
聖書、創世記13章10-18節
    ガラテヤの信徒への手紙3章1-14節
     マタイによる福音書3章7-12節
賛美、(説教前)讃美歌54年版・482「なつかしくも」
    (説教後)讃美歌54年版・511「みゆるしあらずば」   


 今朝は召天者記念礼拝であります。天に召された皆さんを心に偲びつつ礼拝をささげています。召天された方々も、今は天にあって神様を賛美礼拝されています。祝福のうちに天に存在していると信じるのであります。そのように信じるのが私たちの信仰であります。死んでからのことについては、どのように証言してよいか分かりませんが、信仰において、召天された方々は永遠の命をいただいていると示されるのであります。召天された方々は、神様に祝福されつつ存在していると信じるのが私たちの信仰であるということです。召天者を覚えつつ、この世の人生を与えられている私たちは、私たちもまた天に召されるときには祝福をいただく、そのために信仰の人生、導かれている人生を喜びつつ歩みたいのであります。
 我が家は浄土真宗東本願寺派のお寺に所属していました。鈴木家の先祖が所属していた寺であります。両親は先祖の信仰を受け継ぎ、寺を大事にしながら人生を歩みました。私は小学校3年生から教会学校に通い、中学生になって横浜の清水ヶ丘教会に出席するようになっていました。浄土真宗の信仰を持ちつつも、姉二人と私が教会に出席することを見守っていてくれた両親でした。中学生の頃、私が声を出して聖書を読んでいたとき、側で針仕事をしながら母が聞いていました。マタイによる福音書5章のイエス様による「山上の説教」を読んでいました。5章43節以下は「敵を愛しなさい」との教えです。「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたにどんな報いがあろうか」との聖書も読んでいました。その時、聞いていた母が言うのです。「ほんとにねえ。親鸞上人と同じ教えだね」というのでした。私はこの時、母の信仰を示された思いでいました。子どもはキリスト教で、イエス様の教えを喜んでいるが、母は親鸞上人の教えに生きていたのです。そして、基本的には仏教もキリスト教も信仰は同じようだと思っていたと思います。母は子供がキリスト教の牧師になったとしても、自分は仏教を信じつ、喜びつつ歩んだと思われます。私たちは、四人の子供たちですが、両親の信仰を尊重して、両親の葬儀は所属していたお寺の和尚さんにより、仏教のお葬式を盛大に行ったのでした。両親は既におりませんが、鈴木家はいまだにお寺に所属しています。お寺の中にあるお墓があるからです。仏教の信仰者として、檀家ではありませんが、お墓があるので墓檀家ということでお寺に関わっていることになるのです。
 その所属するお寺からお知らせがありました。「報恩講」の誘いでした。報恩講というのは、親鸞上人の教えに報いるということです。親鸞聖人に対する感謝の時ということの様です。親鸞上人は1262年11月29日、90歳で亡くなったのですが、その前の11月21日から28日までを報恩講として記念するようです。所属するお寺では11月8日、9日に報恩講を行うので、「御身と御志」をお寺にお運びいただきたいということでした。この寺では親鸞上人への感謝と共にも御先祖様への感謝ということで報恩講を開くということでした。ご先祖さまも親鸞聖人の教えを喜びつつ生きたということです。それはそれで良いお招きであると思います。しかし、私たちは、今は天にある皆さんの、その証に励まされますが、天にある人々への感謝ではなく、天の国へと導いた下さった神様、主イエス・キリストへの感謝であるのです。今もイエス様により「導かれている人生」を喜び、いよいよ十字架の救いへと導かれたいのであります。

 今朝は神様の導きをいただき、ひたすら神様に従ったアブラハムの示しであります。アブラハムは聖書の民族の最初の人であります。アブラハム物語は創世記12章から始まります。この頃は「アブラム」との名前であります。後に神様との密接な関係において「アブラハム」と呼ばれるようになりました。アブラムとは「父は高く上げられた」との意味であります。創世記17章においてアブラハムになりますが、「国民の父」との意味としてこの名が用いられるようになったのであります。12章1節で主はアブラハムに言われました。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように」と示されました。アブラハムは神様の導きに委ねて歩みだしたのです。「わたしが示す地」と言われましたが、その土地がどんなところなのか、何も知らずに神様のお言葉に従ったのでありました。アブラハムが神様のお言葉に従ったのは、彼が75歳のときであるといわれます。その時、アブラハムは妻サラと共に甥のロトを連れて旅たったのでした。
 旅をするうちにもアブラハムもロトも多くの財産を持つようになります。アブラハムがたくさんの家畜を持つようになると、ロトもまたたくさんの家畜を持つようになっていました。それで家畜の世話をする雇い人たちが、何かといざこざを起こすようになりました。それで二人は分かれて住むことにしたのでした。それが今朝の聖書であります。今朝の聖書の前の部分、13章8節で、「わたしたちは親類どうしだ。わたしとあなたの間ではもちろん、お互いの羊飼いの間でも争うのはやめよう。あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで分かれようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう」とアブラハムは甥のロトに言いました。そこでロトが目を上げて眺めると、ヨルダン川流域の低地一体は、主がソドムとゴモラを滅ぼす前であったので、ツォアルに至るまで、主の園のように、エジプトの国のように、見渡す限りよく潤っていたのでありました。ロトはその地域を選びアブラハムと別れたのであります。アブラハムは甥のロトによい土地を選ばせ、自分は良い土地とも思えないカナン地方に住むことになったのであります。しかし、ロトが選んで土地は潤っており、繁栄をもたらすような土地でありましたが、それだけにそこには落とし穴があったということです。潤った土地には、既に人々が住んでおり、発展していました。発展するということは悪徳も発展していたのであります。悪徳栄える町として、神様はこのソドムの町を滅ぼし、ロトの家族を救出するのであります。その物語は後に記されることになります。
 甥のロトに良い土地を選ばせたアブラハムはカナン地方に住むことになります。その時、神様は再びアブラハムに祝福の約束を与えたのでありました。「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数えきれないように、あなたの子孫も数えきれないであろう」と言われたのであります。こうして、アブラハムは神様の導きいただきました。アブラハムの生きる姿勢は、黙々と神様に従うことでした。何も分からない将来へ、神様が導くままに従ったのです。その姿勢は、せっかく与えられたイサクでありますが、神様はイサクを犠牲のささげものにしなさいと命じるのです。犠牲のささげものは祭壇で焼き殺すことであります。その時のアブラハムの思いは記されませんが、彼はやはり黙々と神様の命令に従うのであります。その姿勢が神様に受け止められ、イサクはささげなくてもよいことになります。神様のお導きに従うアブラハムでありました。
 さらにアブラハムは、神様がロトの住むソドムを滅ぼすと示されたとき、一生懸命に執り成しをいたします。もし、そこに50人の正しい者がいればどうしますかと聞きます。50人いれば滅ぼさないといわれます。アブラハムはだんだんと数を減らし、10人の正しい人がいたらどうしますか、と問います。10人いれば滅ぼさないといわれますが、結局は10人もいなかったのであります。ロトと妻、そして二人の娘以外は皆、悪人であったということです。そして、アブラハムの切なる執り成しの祈りがありましたが、ソドムは滅ぼされたのでありました。このような執り成しの祈りも神様のお導きに従うことでした。創世記はアブラハムが導かれている人生をしっかりと受け止め、よい人生を歩んだことを記しているのであります。

 今朝の新約聖書もこのアブラハムを証しています。マタイによる福音書3章はヨハネについて示しています。新約聖書にはヨハネによる福音書ヨハネの手紙、ヨハネ黙示録がありますので、ここに登場するヨハネを「バプテスマのヨハネ」と称しています。主イエス・キリストが現れる前に登場し、後に現れる救い主イエス様を証しながら、人々を教え導いているのであります。3章4節によると、ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物にしていたということです。当時の世界でも、異様な風俗であったようです。そのバプテスマのヨハネのもとに都エルサレムばかりではなく、国中の人々が集まって来たと記されています。集まってきた人々にヨハネは言うのです。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、誰が教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造りだすことがおできになる」と厳しく言っております。聖書の人々は歴史を通してアブラハムが語りつがれていました。先祖のアブラハムは神様から祝福され、我々をよい民族にしてくれたというわけです。アブラハムが神様に祝福されたのであるから、今の我々も神様から祝福をいただいている、と信じていたのであります。「我々の父はアブラハムだなどと思ってもみるな」とヨハネは厳しく言います。アブラハムは大体紀元前2000年代の人です。新約聖書の時代において西暦が始まっていくのですが、その当時の人たちにしても2000年も前のアブラハムが語りつがれていたということです。このような考え方、あるいは思い込みに対してバプテスマのヨハネは言ったのであります。「我々の父はアブラハムだなどと思ってもみるな」、つまりアブラハムアブラハムであり、あなたがたはあなたがたであると言うことです。アブラハムが祝福された、だから我々も祝福されているとの考えは、極めて短絡的であるということです。あなたがたはアブラハムではない、だから自分の生き方に責任をもつべきであり、あなた自身が神様に祝福される生き方であるかということです。
 聖書の人々ばかりではありませんが、昔は全体主義でありました。一人が悪ければ民族全体が悪いとされました。旧約聖書ヨシュア記の中にアカンとその家族が処刑されたことが記されています。アカンは戦いに出て、戦利品を隠匿してしまうのです。それが神様の怒りに触れ、その後の戦いは負け戦となります。その原因を究明した結果、アカンの戦利品隠匿が判明するのです。それでアカンは処刑されますが、家族までも処刑されてしまうのです、いわば全体主義の流れですが、次第に個人主義へと移っていきます。エゼキエルという預言者は「先祖が酢いぶどうを食べれば、子孫の歯が浮く」という人々に、そうではないというのでした。先祖は先祖、あなたがたはあなたがたというわけです。一人ひとりが神様に向かい、お導きを喜ぶ人生を歩むことなのです。神様はアブラハムに祝福を与えられました。だから、ついでに私たちにも祝福をくださっている、ということではないのであります。このわたしという個人が神様のお導きに委ねなければならないのです。
 バプテスマのヨハネは一人ひとりが真に神様に悔い改めることを導きました。あなたがたもアブラハムの一人であると示しています。あなたもアブラハムが神様のお導きに委ねたように、お導きを喜びつつ歩むということなのです。

 横須賀上町教会から召天者記念礼拝のご案内をいただきました。実は、横須賀上町教会には私の叔母が教会員として所属していたのです。叔母の娘がキリスト教に導かれ、横浜の清水ヶ丘教会に所属しながら過ごしていました。その叔母の娘の勧めで叔母もキリスト教に導かれました。清水ヶ丘教会員として、皆さんとお交わりを深めつつ信仰生活をしていました。清水ヶ丘教会は多くの教会員がおられます。皆さんとのお交わりを喜びながら過ごしていましたが、横須賀上町教会に転会したのでした。当時の牧師は清水ヶ丘教会出身の牧師でありました。小規模な教会で、叔母としてはそのような教会のお交わりを喜んだようです。その叔母が召天した時、息子はキリスト教の葬儀を嫌い、仏教の葬儀をしたのでした。叔母が召天した時、横須賀上町教会の牧師がすぐに来てくれたのですが、息子の思いで葬儀が行われたのでした。
2010年11月以来、月に一度ですが、私は横須賀上町教会で礼拝説教を行うようになりました。これも神様のお導きであると示されていますが、教会員であった叔母を示されつつ教会の皆さんとお交わりが導かれていました。横須賀上町教会は今まで伝道師でありましたが、その伝道師が牧師になりました。伝道師は洗礼式、聖餐式の執行ができないので、私が応援に行っていたのですが、牧師になりましたので、今年の7月を最後の説教として、お手伝いは終了しています。しかし、叔母のことについては、しばしばお話しをしていますので、教会からご案内をいただいたのでした。叔母の息子も過日亡くなりまして、孫がいますが、孫たちは叔母の信仰、横須賀上町教会のことも知らないのです。教会が叔母を覚えてお祈りくださることを感謝している次第です。
 私たちは導かれている人生を喜びたいのです。いろいろな状況に生きなければなりません。叔母の場合も子供には理解されませんでしたが、イエス様のお導きを喜びつつ歩んだ人生でありました。「導かれている人生」を受け止めて歩むことを示されました。
<祈祷>
聖なる御神様。イエス様の十字架のお導きを感謝いたします。お導きをいただく人生を喜びつつ歩ませてください。主イエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン。