説教「主に奉仕する人々」

2011年8月7日、横須賀上町教会 
聖霊降臨節第9主日」、

説教、「主に奉仕する人々」 鈴木伸治牧師
聖書、ヨシュア記2章1〜14節
   フィリピの信徒への手紙4章2〜7節
   ルカによる福音書8章1〜3節
賛美、(説教前)讃美歌21・513「主は命を」、
   (説教後)372「幾千万の母たちの」


 日本基督教団は8月の第一日曜日を平和聖日としています。今朝の礼拝は「平和を来らせたまえ」と祈りつつ礼拝をささげているのであります。8月の第一日曜日を「平和聖日」と定めたのは、1962年12月3日に開催された第2回常議員会においてでした。日本の戦争中、1945年8月6日、広島に原子爆弾が落とされました。当時の広島市の人口35万人のうち14万人が犠牲となりました。9日には長崎に原子爆弾が落とされました。当時の長崎市の人口は24万人であり、7万3千人が犠牲となりました。これは亡くなった方々であり、原子爆弾により、今でも苦しんでいる人々がおります。日本はもはや戦争は続けられなくなり、敗戦を認めたのであります。それが1945年8月15日であります。
 日本基督教団は日本の戦争中1941年に成立しました。それまではいろいろな教派により信仰の歩みをしていました。しかし、国の強制的な政策で日本におけるプロテスタントの教会は一つにされたのであります。その頃の信徒運動も一つになることを目指してもいました。一つになって、名称を日本基督教団としたのであります。しかし、戦争が終わると、再び元の教派に戻っていく教会がありました。その中で、せっかく一つになったのであるから日本基督教団の教会として歩んでいくことことにしたのが、今の日本基督教団の教会です。そして、日本基督教団は1962年に「平和聖日」を定め、1969には「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」、戦争責任告白を公にしたのであります。しかし、日本基督教団が公にしたというよりは、当時の総会議長の名で公にすることが決められたのであり、日本基督教団の名において公にしたというのではありません。
  平和聖日として平和を祈るのでありますが、今は何が平和であるのか、分からなくなっているのではないでしょうか。むしろ今の平和への願いは、東北関東大震災の復興であり、被災された皆さんの悲しみをお慰めすることであり、福島原発の早期解決であります。今は放射能に汚染しているか、重要問題であるのです。今年は自然災害が多く、大雨による被害も続出しています。平和を祈るということは、戦争の無い地上でありますが、自然災害に対しても安全であるという状況を作りださなければならないのです。世界に目を向ければ、戦争は現実の問題として、苦しみつつ生きている人々がおります。しかし、日本の国は戦争を忘れ、戦争を知らない人々が多くなっているのです。子供ばかりではありませんが、ゲームの世界は相手をやっつけることであり、いとも簡単に相手をなくしてしまいます。相手をやっつけながら、そしてそれを喜びながら成長する子ども達であります。戦争というより、人間関係において、他者を排除する姿勢こそ戦争の根源なのであり、人が共に生きることを繰り返し教えておられる聖書に立ち帰って、平和を来らせたまえと祈りたいのであります。

 今、私は塩野七生さんが書いた「ローマ人の物語」を読んでいます。ローマ帝国ができ、その後キリスト教化して行く歴史であります。ローマが次第に力を得て、支配下に置く頃は、まだヨーロッパの国々は成立していない時代です。ヨーロッパはもともとの民族はガリア人、ゲルマニア人でありました。そのような現地人と戦いつつ、ローマ帝国ができあがっていくのでありますが、それこそ戦争により征服して行くわけですから、多くの人々が死んでいくわけです。地球の歴史は、戦争によって次第に固まって行ったということです。そして、その後、ヨーロッパ世界にフランス、ドイツ、イギリス等の国々が成立して行きますが、それでも戦争をしながら歴史が刻まれてきたのでした。これは日本の国も然りであります。今、NHK大河ドラマ豊臣秀吉の時代が背景になっていますが、織田信長豊臣秀吉徳川家康等、戦国時代に天下を統一するための戦いでした。その後、明治、大正、昭和の時代は、日本はアジアへの侵略を進め、太平洋戦争にいたり、戦争の痛ましさを知ることになるのです。現代において、世界は平和に見えますが、緊張関係を維持しているのであり、いつまた、戦争になるかも知れないのです。
 私達は、平和は主イエス・キリストにおいて実現することを信じています。いよいよ主の御心をいただいて歩みたいのであります。
 旧約聖書ヨシュア記であります。聖書の人々は400年間、エジプトの国で奴隷の苦しみを生きてきました。神様はモーセを立てて奴隷の人々を解放したのであります。モーセに率いられて神様の約束の土地、乳と蜜の流れる土地を前にして、モーセの使命は終わり、若き指導者ヨシュアに委ねられたのであります。ヨシュアに率いられて約束の土地を進むうちにも、エリコの町を通過しなければならないのです。それでヨシュアは二人の斥候によりエリコの町を探らせるのでした。聖書の時代も、絶えず戦いがあります。町を皆殺しにするという、残酷なことも記されています。それを聖戦というのですから、理解に苦しむわけです。しかし、この時代は生き残ることが目的ですから、立ちはだかる存在を退けなければならないのです。生き残るために神様の御心が示され、御心に従って歩むのが聖書の人々なのです。
 二人の斥候がエリコの町に入ったことは、エリコの指導者達に伝わります。二人の斥候は遊女と言われるラハブの家に入ります。ラハブは斥候がイスラエル人であることを知っていました。そして、ラハブは神様がイスラエル人を導き、奴隷から解放し、紅海の奇跡を通して海を渡らせ、通過する民族との戦いに勝利したことを知っていました。従って、神様はこのエリコの町をもイスラエル人に渡されると思っていたのです。そのため、斥候をかくまい、探しに来たエリコの兵隊に偽りを述べて、二人の斥候を助けたのでした。その後、イスラエル人はこのエリコを攻め落とすのですが、ラハブと親族は助けられたのです。ラハブが二人の斥候をかくまい、エリコの兵隊をやり過ごし、二人を逃がしたことは、神様の御心に仕えたということになるのであります。神様の御心に仕えたということになります。その仕える生き方が神様に祝福されます。ラハブはイスラエル人のサルモンと結婚し、ボアズを産みます。ボアズはルツと結婚します。つまり人間的に言えばイエス様の家系の一員に加えられたということです。ラハブもルツも外国人ですが、イエス様の家系の一人なのです。いずれも女性たちは神様の御心に仕えたからであります。

 ヨーロッパの現地人、ゲルマン人ガリア人を征服しつつローマの支配を広げて行ったのはユリウス・カエサルでした。ローマはもともと共和制であり、一人の支配者ということではありませんでした。従って、カエサルは皇帝ではなかったのです。しかし、カエサルは共和制ではなく、皇帝としての支配を求めていたのです。道半ばにしてカエサルは暗殺されてしまいますが、後継者になったのがアウグストゥスでした。アウグストゥスの時代も共和制でありましたが、次第に皇帝としての位置付けを持つようになるのです。このアウグストゥスが初代の皇帝になったということです。「アウグストゥスは全世界の救い主」とまで言われ、「アウグストゥスの平和」とまで言われたのです。このアウグストゥスの時代に主イエス・キリストが現れたことをルカによる福音書は証言しています。アウグストゥスが救い主であり、平和の根源として人々から言われている中で、真の救い主、真の平和の根源として主イエス・キリストの出現を聖書は証しているということです。そのアウグストゥスは紀元14年に死にます。そして第二代の皇帝としてティベリウスが就任します。イエス様は33歳で十字架にかけられるのですが、このティベリウスの時代でありました。ユダヤの国はこの後、ローマに対して反旗をかかげるようになり、紀元70年に滅ぼされることになります。アウグストゥスの救い主とイエス様の救い主を、象徴的にルカによる福音書は示しているということです。
 今朝のルカによる福音書は、イエス様が「神の国」を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けておられることが記されています。そして、イエス様には多くの女性たちも従い、自分達の持ち物を出し合って奉仕したことが記されています。ルカによる福音書8章1節に、「すぐその後」と記されていますが、「その」とは前の段落で、一人の女性がイエス様によって祝福されたことです。「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と女性を祝福したのです。この女性はイエス様に救いを求め、全身でイエス様に近づいたのです。この女性に祝福をお与えになるや、イエス様はすぐに「神の国」の福音を人々に宣べ伝える為に、その場を後にしたのでした。
 先ほども触れましたが、ローマはカエサルアウグストゥスによって平和が訪れたとして彼らを尊敬し、彼らを「救い主」と称したのでした。彼らがローマの平和国家を作り上げたからです。しかし、その平和国家は権力であり、真の平和というものではありません。主イエス・キリストの「神の国」の実現こそ、真の平和な世界なのであります。
 「神の国」は死んで彼方の国、天国という意味ではなく、この世に生きている今、祝福のうちに生きるということです。今の状況はどのような状況なのか、苦しい状況です。放射能を絶えず心配しなければなりません。いつ自然災害が起きるかもしれない心配があります。それでも今、「神の国」を生きていると言えるのでしょうか。言えるのです。主イエス・キリストの「神の国」は「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」との教えを持って生きることです。一人の存在を受け止め、共に生きることです。他者を受け止めつつ生きることがどんなに祝福であるか、実践しつつ示されて来るのです。従って、「神の国」に生きるとき、状況的には苦しみの最中かもしれません。悲しみの中にあるのかもしれません。決して楽しくはない、そのような状況でありましょうとも、イエス様の福音を信じて生きることが「神の国」に生きていることなのです。
この福音を携えて町や村を巡っておられる主イエス・キリストに多くの婦人たちが従い、奉仕していたのです。イエス様によって悪霊を追い出していただいた婦人たちだとも言われます。悪霊に悩まされるということは病気でもありました。病気が癒されてイエス様に従っていたのです。マグダラのマリアが、今朝の聖書の前に記されている「罪深い女性」であるかは定かではありません。ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナであり、他の女性たちでした。この女性たちはイエス様の「神の国」の福音の奉仕者として働いた人たちですが、最後までイエス様に従っているのです。主イエス・キリストが十字架に架けられた時、そのイエス様を悲しみつつ見守っていたのです。そして、ルカによる福音書は、イエス様のご復活を最初に知ったのはこの女性たちであると報告しています。イエス様が墓に納められ、三日目に女性たちはお墓参りに行くのです。するとイエス様は復活されており、女性たちは空の墓を確認してお弟子さん達に知らせたのでした。イエス様に最後まで従い、奉仕した女性たちが祝福されたと報告されているのです。神様の御心に委ねた旧約聖書のラハブが祝福されたように、御心を信じて従った婦人たちの祝福を新約聖書も証しているのです。

 平和聖日にあたり、示されなければならない御言葉はエフェソの信徒への手紙2章14節以下であります。「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうして、キリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者をひとつの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」と示されるのです。聖書は根本的に人間をお救いになられた神様の愛が示されているのです。主イエス・キリストの十字架の死と共に、人間の奥深くにある自己満足、他者排除を滅ぼされたのです。十字架を見上げるということは、その救いの業を信じることであります。十字架の救いを与えられるということは、主イエス・キリストの示された「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」との生き方が導かれてくるのです。自分の思いを超えて、一人の存在を受け止めること、それが「神の国」に生きることなのです。先ほどのエフェソの手紙に示されているように、「両者を一つの体として神と和解させ」るのは十字架の救いです。他者を受け止める時、神様との和解が導かれていくのです。他の存在を受け止めないならば、神様との和解がないと示されなければならないのです。「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」とは、どういう意味なのか、「行って学びなさい」とイエス様は言われています。「行って学ぶ」とは、わたし達の現実の生活の中で学ぶということなのです。社会の中で、人々の中で十字架のイエス様に導かれながら、一人の存在を受け止めて歩むことなのです。
 一人の存在を受け止めつつ生きることが、主に奉仕する人なのです。今朝は女性たちの奉仕、信仰が示されていますが、男性も然りです。教会は奉仕する人々の集まりです。それぞれの賜物が与えられていますので、賜物を差し出してはイエス様に従うのです。「彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、イエス様の一行に奉仕した」と記されていますが、与えられた賜物を差し出して歩むことが奉仕の歩みであることを示されたのであります。
<祈祷>
聖なる神様。平和の根源、十字架を仰ぎ見ることができますことを感謝いたします。一人の存在を受け止める奉仕へと導いてください。主の名によって祈ります。アーメン。